門倉 健投手が伊達聖ヶ丘病院に正式入団!

門倉 健投手
北海道初!!
日韓通算103勝投手の現役選手!!
門倉 健 投手が伊達聖ヶ丘病院に正式入団に決まりました。
4月22日(日) 伊達市営球場 対 札幌ホーネッツ戦にて登板(予定)?
長身からの角度のある平均140km/h台後半の直球と落差のあるフォークボールにスライダーを織り交ぜる。
奪三振能力は高い。
2008年から埼玉県八潮市で地元小学生チームによる「門倉健杯争奪少年野球大会」を主催。
大会開催に併せて自ら投球を披露するなど、少年野球や選手の育成に寄与している。
バッテリー復活!
今回の入団のキッカケとなったのは、今シーズンから伊達聖ヶ丘病院・選手兼監督となる若松敦冶氏(現洞爺湖シニア球団・監督)と東北福祉大学野球部時代バッテリーの仲。また門倉 健氏もまだまだ現役へのこだわりがある!双方の思惑が合致し再びバッテリー復活。
〇門倉 健(かどくら けん)
入間市立藤沢中学校時代より、中学生にして190cmを超える長身投手として注目を浴びる存在であった。
高校は埼玉県の聖望学園高校に進学し、野球部のエースとして頭角を表す。
1973年度生まれの世代では、埼玉県下最高のエースと謳われ、プロ野球界からも注目を集めた存在ではあったが、城石憲之が主将の春日部共栄高校に対して不思議な程に相性が悪く、高校3年生時の1991年には春季県大会、春季関東大会、全国高等学校野球選手権埼玉大会のいずれも、決勝戦で城石にも本塁打を打たれるなど1-3で春日部共栄に敗れ、甲子園の土を踏む事は無かった。
1992年、東北福祉大学に進学(同級生に福本亜細亜)。全日本大学野球選手権大会でも準優勝の原動力となりプロ野球関係者の注目を大いに集め、1995年ドラフトの注目選手となる。
1995年のドラフトで中日ドラゴンズから2位指名を受けて入団。
同期に荒木雅博、渡邉博幸、後に近鉄でも共にプレーする益田大介らがいる。
協力:洞爺湖リトルシニア球団